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世田谷一家殺人事件って何故犯人は捕まらないのか?韓国人?高校生の犯行?調査してみた!

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世田谷一家殺人事件って何故犯人は捕まらないのか?韓国人?高校生の犯行?調査してみた!

23年経っても犯人が捕まっていない、20世紀最後の日に発覚した未解決事件『世田谷一家殺人事件』についてです。

世田谷一家事件はなぜ捕まらない?

【2000年12月30日23時頃〜翌31日未明】
東京都世田谷区の会社員・宮沢みきおさん宅で、本人(当時44歳)・妻(当時41歳)・長女(当時8歳)・長男(当時6歳)の4人が殺害されました。

【2000年12月31日・午前10時40分過ぎ】
隣に住む実母が発見し、事件が発覚。

犯人の入出経路は、被害者宅の裏(公園側)にある2階浴室の窓、あるいは、侵入口(普通に被害者宅を訪れた可能性もある)は玄関であった可能性も指摘されています。
発見時に玄関の扉の鍵は閉まっており、玄関のドアノブなどから指紋や血痕など犯人の痕跡も発見されなかった。
浴室の窓は開いており、網戸は外にはずれ落ちていた。また、窓の真下の地面辺りから犯人の靴跡とよく似た大きめの足跡が発見されており、同じく窓の真下の公園フェンス付近の木の枝も折れていました。

特別捜査本部が検証した結果、若者なら2階の浴室から無理なく侵入可能なことが明らかになっています。

そして犯人は、自ら持ってきた柳刃包丁を持って侵入。
最初に、中2階の子ども部屋の二段ベッドで寝ていた長男の首を絞め殺害し布団を被せている。

異変に気づき2階に上ってきたみきおさんを襲い、頭部や足などを刺し殺害(1階で発見)。
この時、柳刃包丁が頭部を刺した際に折れたため、被害者宅の文化包丁も持ち出しています。

最後に子供部屋のロフトで寝ていた妻と長女を柳刃包丁と文化包丁を使い襲い、首や顔を中心に刺し殺害(中2階階段下で発見は)。
死後も何度も刺していたとみられています。

何故犯人が見つからないのか?

室内は物色されており、引き出しや壁など多くの場所から犯人の指紋が見つかってます。両手親指の指紋が鮮明で、中心から同心円を描く渦巻き状の『渦状紋』と呼ばれるタイプで、指紋の模様が豚の鼻に似ていることから、捜査員は『ぶたっぱな』と呼んでいるそうです。指紋は個人で異なり、一生変わらないため『証拠の王様』と呼ばれているため、当時の捜査幹部は『一人でも多くの指紋を取って照合しろ』と、捜査員に指示を出しました。

周辺住民らに指紋の提供をお願いする『ローラー作戦』を展開して指紋を集めました。しかし、指紋採取に偏る捜査には落とし穴もあったと言われています。捜査本部は、宮沢さんの交友関係を調べるため、自宅に残されていた名刺の人物にしらみつぶしに当たったものの、その結果を記した報告書には『指紋一致せず」』とだけしか書かれていないものが多数あった。

なぜ宮沢さんと会ったのか、いつ名刺を交換したのかなど、捜査の基本ともいえる聞き込みが不十分で、関係者の記憶が鮮明なうちに有力な情報を得ることができなかったといいます。こうして時間の経過とともに、近隣住民の中には引っ越しをする人もいて、一家を知る人に話を聞くことも少しずつ難しくなっていっているのが現状。こうした中、指紋の採取を担当していた警部補が、自分や家族の指紋を付けて捜査報告書を偽造するという不祥事も起きています。

『住民の不在などで協力が得られないことがあり、放置すると全体の捜査が遅れると思った』と釈明。警部補は2006年に虚偽有印公文書作成・同行使容疑で書類送検され、停職3カ月の懲戒処分を受けて依願退職。これまでに照合した指紋は、東京都の人口の3.5倍にあたる約5000万件。韓国など海外でも協力を求めているが、一致するものは見つかっていないのが現状。また、遺留品のヒップバッグの中から見つかった砂は、米カリフォルニア州のモハーベ砂漠の砂とよく似ていることが判明しているが、犯人と米国の関連は不明。

【2019年】

凶器の包丁の柄を包んだとみられるハンカチの巻き方が、フィリピン北部での使い方と似ていることが明らかになっています。真ん中に切り込みを入れて柄を差し込んだとみられ、フィリピン北部で軍人が刃物を使う際などに用いる方法だという。
包丁を握った手が血で滑らないように細工した可能性があり、捜査本部は東京都内に住むフィリピン人ら100人以上に話を聞いていました。

捜査1課NO.2の理事官として捜査を指揮(2005〜2006年)したOBの大峯泰広さんは、2020年に毎日新聞の取材に応じ『外国人を含む捜査をやり尽くせなかったから犯人が捕まらない』とも話していたそうです。また、侵入経路も玄関説(顔見知り?押し入った?)風呂場の窓説がありますが、インターホンや玄関からの侵入の痕跡がなかったため、風呂場説が濃厚だったが、現場の証拠などを詳細に採取する前に、警察官が侵入出来るか試してしまったために、十分な証拠採取が出来ていなかっそうです。

また事件発覚当日に、東武日光駅17時26分着の快速電車に乗っていた、右手に骨が見えるほどの深い怪我を負った男が目撃されており、駅の事務室で治療を受けていたそうです。この男については『年齢30歳くらい・身長175cmくらい・服装は黒いダウンジャケットおよびジーンズ』とされています。当初は、犯人が夜のうちに逃走したと思われていたことや、負傷した犯人が電車に乗る可能性は低いと思われたことなどから捜査は後回しにされ、栃木県日光市に捜査員を派遣したのが2001年10月とだいぶ出遅れています。その他にも、近所の人からは、事件当日31日の昼間〜事件発覚当日に、複数の怪しい人物の目撃情報もありました。

近隣とのトラブルなのか?

また、被害者宅近くにはスケートボードができる広場があり、夜に滑るなどルールを守らないスケートボーダーと被害者宅との間では騒音問題でトラブルになっていたそうです。事件数日前にも、スケートボーダーと被害者が揉めていたという目撃証言もあります。その他にも、公園に出入りしている暴走族と被害者宅がトラブルになっていたという話もあります。現場周辺では2000年夏以降、尻尾を切り取られたり皮膚を剥ぎ取られたりするなど野良猫の虐待事件が数件起きており、事件直前の12月中旬にも1件あったそうです。

また、被害者宅の電気がついていた時間帯や消された時間帯など、証言のズレもあったり、確証が得られておらず、どれも犯人に直接繋がってはいません。また、区画整理のために被害者宅の周辺には、3軒しかなく、目撃情報も少なかったそうです。このように、警察の捜査不備・先入観なども重なり犯人逮捕を逃してしまっているとも思えます。

世田谷一家の犯人は?

特徴:血液型がA型の男・身長170センチ前後・右利き・事件当時は比較的若い
動機:金銭目的(学習塾の授業料約20万円がなくなっていた)・怨恨(えんこん)など諸説あるが不明

殺害後の犯人の謎の行動

犯行時に負傷した傷の手当て

犯人は犯行時に右手を負傷し、現場で救急箱が物色されていて、犯人の指紋が付着した絆創膏・血痕が付着したタオルなどが2階の台所に散乱していた。絆創膏の1枚は、傷口に当てたあとで剥がし、居間にあったノートの裏に貼りつけていた。
また、生理用品で止血を試みるなど治療した形跡も残されており、かなりの深手の傷を負っていたとみられます。

アイスやお茶などを食べる

4人を殺害したあとに、犯人が被害者宅の冷蔵庫からペットボトルの麦茶・メロン・アイスクリーム少なくとも4個を食べた形跡が残されていました。アイスの容器は、2階の浴槽・居間の座布団の上からそれぞれ1個ずつ、1階のパソコン脇にあったそうです。しかも、食べ方が独特で、カップを握り潰すようにアイスをそのままかぶり付いていたため、カップから歯型が残されていました。他にも、台所にはお茶を飲む際に使用した犯人の唾液がついたコップも置かれていました。犯人が被害者宅の物色中にガムを噛んでいたことも分かっています。

被害者宅の物色と浴槽での作業

2階の居間では、ソファにキャッシュカードなどカード類、その周辺には手帳・銀行の預金通帳・運転免許証など生年月日の分かる書類などが仕分けされていたそうです。また、空き巣の手口の特有の戸棚・机などのほとんどの引き出しが下から順番に開けられ物色された形跡がありました。中2階の浴室では、水のはった浴槽の中にみきおさんの仕事関係の書類・領収書・妻が経営していた塾の書類などがハサミや手で引きちぎられていました。また、傷の手当てで使用した生理用品・タオル・アイスのカップなどが散乱していたとのこと。

トイレの使用

犯人が被害者宅のトイレを使用し、トイレの中で被害者宅にあったバッグを物色した形跡がありました。しかも、大便をしていたという情報もあります。

リビングで仮眠

犯人は、2階居間のソファで仮眠した形跡が残されています。

パソコンの操作

犯人が1階の書斎にある被害者のパソコンを操作した可能性もあると言われています。通信記録を解析した結果

【2000年12月30日 22時20分〜50分頃】
この時間帯の通信記録は、被害者が使用しており、ここでは生存していたことになります。

【2000年12月31日 午前1時18分頃・午前10時5分頃】

接続先は、被害者の会社のサイト・大学の研究室や科学技術庁(現・文部科学省)など専門色の強いサイトまで含まれていました。また、犯人は被害者があらかじめインターネットブラウザの『お気に入り』に登録していた劇団四季の舞台チケットを予約しようとして失敗した可能性がありました。2度目の使用は、マウスが落下して自動接続した説などありましたが、プラグが抜かれている状態で発見されていました。ということは、犯人は隣に住む母親が発見する直前もしくは、その時までいたということになります。殺害後10時間近く現場に居たことになります。

大量の遺留品

現場では、犯人が着ていたトレーナー・ジャンパー・帽子・ヒップバッグなど多くの遺留品が見つかっています。このうち『ラグランシャツ』と呼ばれるトレーナーは、捜査本部が、14都道府県41店舗で130枚が販売されていたことを突き止めたものの、購入者が分かったのは12枚だけ。その他の物は、生産数が多く購入者から犯人を特定することはできていません。しかし、ヒップバッグとトレーナーには『ローダミン』と呼ばれる粉末状の蛍光染料が付いていました。

宮沢さん方の車庫内にあった棚の引き出しの底にも同じ蛍光染料が残されていたため、犯人が事件当時に車庫に入った形跡はないので、宮沢さん宅に以前訪れたことがある人物が犯人の可能性もあるとみています。また、ジャンパーからは神奈川・三浦半島の海岸の砂が見つかっています。ジャンパーは、事件の2カ月前から販売されていたことから、犯人が事件直前に三浦半島付近に立ち寄った可能性もある。

その他にも、帽子・マフラー・手袋などもあったそうです。しかし、犯人特定につながる手がかりはなく、犯人はみきおさんの服に着替えて逃走。また、凶器の柳刃包丁について、2021年1月に事件前日に現場から北に約5km離れたJR吉祥寺駅近くのスーパーで、凶器と同じ型の柳刃包丁を買った人物が明らかになりました。防犯カメラ映像の鮮明化などにより人物を特定したが、犯行時間帯のアリバイが確認され、事件とは無関係。このように、技術の進歩により事件当時では分からなかったことも、判明したりしています。

スリッパ

事件現場からはスリッパの痕跡がないのに、被害者宅のスリッパから犯人のDNAを検出。このことから、以前に被害者宅を訪れていると推測出来、顔見知りだったと考えられます。

DNA鑑定は?

このように犯人は、多くの証拠を多数残しています。その中で、犯人特定の決め手となるのが犯人の血痕からのDNA型。警察は、DNA型鑑定の権威とされる研究者に依頼。研究者は個人を特定しない形で登録している専用のデータベースを使い、世界中から集めた約1万人分のDNA型と照合。

【2006年4月】
結果によると、
・犯人の父系が『日本や中国、韓国を含む東アジア』、母系は『日本人ではなく、アドリア海周辺の南欧系民族』の可能性が高いとされたが、犯人の絞り込みにはつながっていません。

捜査本部は、警察庁の容疑者データベースなど約130万件のDNA型と突き合わせ、海外にも照会しているが、一致するものは見つかっていません。また、犯人は被害者全員の顔に布団・服・引き出しなどを被せており、これは顔見知りの場合に犯人が取る行動に似ているそうです。

世田谷一家事件は高校が犯人?

警視庁によると、10月6日午後10時過ぎ、世田谷区上祖師谷3丁目の宮沢みきおさん(当時44歳)宅の敷地内に、都内の高校に通う男子生徒ら約10人が入り込みました。それを近隣住民からの通報で発覚。住宅内には入っていないとみられる。土地は都の所有で、建物は遺族が所有しており、敷地内への侵入を防ぐため、住宅の周りは高さ1.8mのフェンスで囲われ、施錠されていました。少年らはフェンスを乗り越えて敷地内に入ったとみられ、高校生らは任意の事情聴取に『肝試し感覚で行った。事件のことは知らなかった』と話したそうです。警視庁は今後、軽犯罪法違反(立ち入り禁止場所など侵入)容疑で書類送検する方針で捜査しているとのこと。

世田谷一家事件の関与に韓国人?

現場に残された足跡から、犯人は韓国製スニーカー『スラセンジャー』の27.5cmを履いていたとみられるが、このサイズは、日本の正規ルートでは売られていませんでした。警視庁は韓国にも捜査員を派遣して情報収集を進めたが、有力な情報は得られなかったそうです。また、フリージャーナリストである『一橋文拓』さんは、旧知の警察関係者などのツテを頼って、2003年にこっそり李仁恩の指紋を採取し、遺留指紋を照合しました。

その結果、不鮮明な指紋ではありましたが、ほぼ指紋が一致するという結果を得たそうです。さらに、指紋以外にも犯人が来ていたジャンパーのポケットから出てきた砂が、李仁恩の出身地である韓国の京畿道水原市周辺のものと一致したそうです。また『李仁恩』と言う名前は仮名ですが、韓国の殺し屋で元韓国軍人だと一橋文拓さんは言っています。李仁恩は、発達障害を持っていたそうで、そのことで所属していた軍隊の上官にいじめを受けていたそうです。そのことが原因で残忍な性格になった、と李仁恩を知る知人は語ったそうです。

李仁恩の性格はプライドが高いようですが、臆病者でもあったようで、李仁恩の学生時代の残忍なエピソードとして、ある犬の目が嫌だと言い、その犬の目を突き刺し、悲鳴が怖いと言って喉を切って殺した、と高校時代の友人が語っていたそうです。また他の説で、一橋文拓さんによると実行犯は李仁恩で、黒幕は都内に住む元宗教団体幹部の金田秀道だと明かしています。

この金田も日本人ではなく、在日韓国人の可能性があり、通名は『金(キム)』だそうです。金田は精神的に弱った若者に付け入り、自分の私兵として教育していたようで、アメリカのネバダにある訓練施設で、戦い方などの軍事訓練をしていたそうです。李仁恩も軍隊でいじめを受け弱っていたところ、金田に救われて食事や住む家を与えてもらい、李仁恩にとっては恩人だったのでしょう。そして、李仁恩もアメリカの施設で戦い方や射撃訓練を受けたそうです。

これが本当ならば、現場に残された犯人の遺留品から分析された物と一致。金田秀道は事業に失敗し、多額の資金を必要としていたようです。そこで、被害者宅に隣接する都立祖師谷公園の拡張に伴う移転補償金などの1億数千万円を狙い、被害者の土地を手に入れるため、李仁恩に犯行を指示したとされています。被害者が住んでいた世田谷区は、不動産ブローカーや暴力団によって住民が脅迫されるなど、横暴な地上げが多発していました。そして、しぶしぶ立ち退いた住民の土地を、相場より高く転売するといった行為があったようです。

被害者の土地も目をつけられ脅迫を受けていたようです。しかし、立ち退きを拒否した被害者は嫌がらせを受けることになりました。犯行後、羽田空港から台湾へ逃亡した李仁恩は、2002年に台湾で目撃されています。世田谷一家殺人事件を犯す際『教団のため』と金田秀道から命令され、忠誠心から李仁恩は仕事をしましたが、実は金田がお金に困っていたことから企んだことに気づいたといいます。

世田谷一家事件と統一教会って関係あるの?

被害者である宮沢みきおさんとその家族は、みんな統一教会の信者だったと言われています。というのも、宮沢さん夫婦が出会った自己啓発セミナーは、統一教会主催のものだったという噂があるためです。つまり、宮沢さん一家はどっぷり統一教会の信者だった?しかし、統一教会を脱会しようとしたことをきっかけに、見せしめとして殺害されたのではないか?と言われています。統一教会は、自分たちが正しいと思うことであれば、目的のためには手段は選ばない宗教団体という噂がありますから、統一教会を脱会しようとしたために殺害された可能性は十分にあります。ただ、あんな証拠を残すようなことをするのか疑問が残ります。

世田谷一家事件の場所とは?

世田谷一家殺害事件2000年(平成12年)12月30日深夜に東京都世田谷区上祖師谷三丁目で発生。一家4人が自宅で殺された殺人事件『世田谷一家殺人事件』と呼ばれていますが『世田谷事件』とも呼ばれます。しかし、警視庁の正式名称は『上祖師谷三丁目一家4人強盗殺人事件』。宮沢さん宅は東京都立祖師谷公園の拡張予定地の一角にあり、事件は住宅の明け渡し期限を約3カ月後に控える中で起きた。都は宮沢さんの土地を買い取って住宅を撤去し、一家は転居することになっていた。しかし事件が起きたため、警視庁は証拠保全を目的に、家の解体を延期するよう遺族に要請。2019年末に要請は解除されたが、事件が解決していないことから、遺族と都の話し合いにより解体は当面延期されています。

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