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元ラグビー日本代表·福岡堅樹さんの父親が交通死亡事故

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元ラグビー日本代表·福岡堅樹さんの父親が交通死亡事故

元ラグビー日本代表の福岡堅樹さん(31)の父親が、交通死亡事故を起こしてしまったとのことです。

福岡堅樹さんのお父さん死亡事故

12月12日午後6時45分ごろ、福岡県古賀市川原の路上で、同市の歯科医師福岡綱二郎さん(65)の軽乗用車と、歩いていた同市の無職村山伍郎さん(87)がぶつかりました。

村山さんは頭などを強く打ち、搬送先の病院で死亡が確認されました。福岡さんは、元ラグビー日本代表の福岡堅樹さん(31)の父親。

粕屋署によると、福岡さんは『左前にいた歩行者に気がつかなかった』と話しているそうです。署が詳しい事故の状況を調べています。

福岡堅樹さんの実家は?

父親:福岡県古賀市にある『福岡歯科医院』で、歯科医をされています。

祖父:開業医で内科の医師。
福岡さんは、祖父の影響で医師を目指そうと思ったそうです。

母親:ほとんど情報はありませんでした。
ただ、福岡さんが小さい頃に、ピアノ・書道・水泳・雅楽など様々な習い事をさせていて、教育には熱心だったという噂はあるようです。

姉:4歳上のお姉さんは、元劇団四季に所属していた女優さんです。『美女と野獣』にも出演していたそうです。

福岡堅樹さんの父

福岡家は医者の家系ですが、父・網二郎さんは『医者になれ』と、息子に言ったことはないそうです。
息子がどんな職業に就こうが、本人がやりたいことを見つければいいと思っていたとのこと。

しかし息子は自ら医師を目指し、一浪して医学部を受験しましたが不合格。 二浪する道もありましたが、ひとまずラグビーに集中するために、筑波大学の情報学群に進学。そして、2021年に順天堂大学医学部に入学。

そんなわが子に対して、すごいなと思いながら見ており、すべて自分で決め、それを確実にこなしていて、本当に感心するばかりだと思っているそうです。

ちなみに福岡選手のマウスピースは、父・網二郎さんが作成したものなんだとか。そして、父親も中学・高校・大学とラグビーをされていたそう で、開業後も、地元青少年のラグビー活動のコーチをつとめ、幼少期の堅樹さんの指導もされていたそうです。

福岡さんが、ラグビーを始めたのは間違いなく父親の影響が大きかったのではないでしょうか。

福岡堅樹さんのwiki

生年月日:1992年9月7日(31歳)
出身地:福岡県古賀市
身長:175 cm
体重:83 kg
血液型:A型
学校:福岡県立福岡高等学校時代
大学:筑波大学・順天堂大学医学部在学中
愛称:けんき
ポジション:ウィング

5歳:玄海ジュニアラグビークラブでラグビーを始める。

中学時代:陸上部と掛け持ちで活動。

高校時代:2010年第90回全国高等学校ラグビーフットボール大会に出場。
1回戦の本郷高校戦では、試合終了間際にトライ(認定トライ)を決め、チームを逆転勝ちに導いた。

大学時代:医学部のある大学への入学を目指すが受験に失敗し、一浪時の国公立大学二次試験の後期試験で受験した筑波大学情報学群に面接のみで合格したことから2012年に入学し、ラグビー部に入部した。

対日本体育大学戦が関東大学ラグビー対抗戦(以下、対抗戦)の初の出場試合となったが、実に6トライを挙げる活躍を見せ[6]、その後も主力メンバーの一人として筑波大学の対抗戦初優勝に貢献した。さらに続く第49回全国大学選手権でも、筑波大学初となる同大会準優勝に貢献している。

2013年2月:ジュニア・ジャパンに選出

2013年4月:日本代表に選出された。
4月20日:初のキャップ獲得試合は、フィリピン代表戦。
6月8日・6月15日:にそれぞれ行われたウェールズ戦ではいずれもスタメン出場を果す。
15日の試合では、対ウェールズ代表戦初勝利のメンバーとして名を連ねた。

2015年:第51回全国大学選手権で2回目となる大会準優勝に貢献した。

2015年8月:ラグビーワールドカップ2015の日本代表に選ばれる。

2016年:パナソニック ワイルドナイツに加入。

2016年7月:リオデジャネイロオリンピックの7人制日本代表に選ばれた。

2016年9月17日:ジャパンラグビートップリーグ第4節の東京サントリーサンゴリアス戦にて先発出場で公式戦初出場を果たす。

2016年11月:スーパーラグビー・サンウルブズの2017年スコッドに入った。

2019年8月:ラグビーワールドカップ2019の日本代表に選出。
大会直前の負傷によりW杯本大会開幕戦のロシア代表戦は欠場。

2戦目のアイルランド代表戦以降の4試合には出場して通算4トライを決めた。

2019年:ワールドカップを最後に15人制日本代表を引退する。

2020年:トップリーグに2試合出場。

東京オリンピックで7人制ラグビー出場を果たした後に現役選手を引退し医師を目指すことを公言していたが[、新型コロナウイルス感染症 (COVID19) の流行により東京五輪が2021年に延期されたことで五輪出場を断念した。

2021年2月20日:順天堂大学医学部に合格したことを自身のTwitterで発表。

選手として最後のシーズン:チームの一員としてジャパンラグビートップリーグ2021を戦った。
『負けたら引退』ということで臨んだプレーオフトーナメントでも活躍。

5月23日:秩父宮ラグビー場で行われた決勝戦(対東京サントリーサンゴリアス戦)では、5試合連続となるトライを決め、チームを5年ぶりの優勝に導いた。この試合は、自身初の日本一となり有終の美を飾った。

5月24日:トップリーグの年間表彰式で初の最優秀選手(MVP)に選ばれ、ベストフィフティーンにも選出された。

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