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れいわ新選組の山本太郎が岸田首相に『増税クソメガネ』と暴言!言いたいことは分かるけど

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れいわ新選組の山本太郎が岸田首相に『増税クソメガネ』と暴言!言いたいことは分かるけど

れいわ新選組代表・山本太郎さんの発言や政策は、x(旧・Twitter)のトレンドキーワードで度々上がっており、注目を集めています。そんな山本太郎についてご紹介していきたいと思います。

増税クソメガネ

この『増税メガネ』は、SNSなどで岸田政権に怒りを感じている国民が付けた岸田首相を揶揄する言葉として広がっているワード。

岸田首相の政策は捉えどころがなく、何がしたいのか分からない。そして、増税はしないが社会保障費の負担は上げるなど、結局国民負担増なことばかりを発言しているため、国民は憤りを覚えこのような呼び方をされているのでしょう。

そして、増税を視野に入れていると思われる発言をしたかと思えば、減税すると言ってみたり、国民が戸惑う発言ばかり。そして『丁寧な説明』と言いながら全く丁寧な説明もない。コロナが5類に下げられたものの、物価高騰など国民の生活が悪化している状況なのに、国民に寄り添っている政策とは思えない。

また、総理になったら必ず◯◯をすると、政策を実現しようとする総理もいるが(例えば小泉純一郎氏・安倍晋三氏など)、総理になりたいだけの総理もいるという。

目標は総理になることなので、実現を目指す改革案や政策を持っていないため、発言もコロコロ変わり何がしたいのか分からないと、国民から不満が出てくる。

正に岸田首相がそうなのでしょう。
『増税クソメガネ』非常にきついあだ名をつけられた岸田首相は、国民に寄り添った政策を打ち出すのか?現段階では、自分の政策は自己満なだけのようにも思えます。『増税クソメガネ』の名を消し去る日は来るのか?それとも進化した名が新たに付けられてしまうのか?

山本太郎が岸田首相に『増税クソメガネ』を問う

れいわ新選組の山本太郎代表が、11月1日の参院予算委員会の質疑の冒頭、岸田文雄首相に『増税メガネと呼ばれる政治家がいる。誰の呼び名かご存じか』と、尋ねる場面がありました。

これに対し岸田首相は『ネットなどでそういう名前で私を呼ぶ動きがあることは承知している』と、苦笑いを浮かべながら答えていました。

その後も、山本氏は畳みかけるように『このニックネームが増税クソメガネと進化した政治家がいる。誰のことかご存じか』と、再度質問しました。

これについて岸田首相は淡々とした口調で『名前が進化したとのことだが、これについては承知していない』と、答えました。

そして山本氏は『ネットでのトレンドワードだが、私自身は大変失礼に思う。なぜなら、首相は所得税の減税を進めようとしているからだ。百歩譲って増税メガネでなく減税メガネと呼ばれる場面でないか』と、質問を続けていました。

ただ一方で、1人当たり4万円の所得税や住民税の減税が始まる時期が来年6月以降と想定されていることに触れ『総理、このままでは人が死にます。(6月では)間に合わない。今現在、困っている人がいっぱいいる。年を越せるか分からない人も事業者も多い。今は国難ですから』と、開始時期の遅さを批判していました。

党が求める消費税の廃止・物価高が収まるまでの一時金給付・社会保険料の減免が必要と主張し、山本節を炸裂させていました。ただ国会でそこは別に必要じゃなくて論戦でやって欲しいものですね。まあ色々いい事っぽいこと言ってますが所詮って所もかなり見受けられますからね。イマイチ議員は信用に欠ける。

山本太郎の嫁

山本太郎さんは、実は離婚経験があります。
『山本太郎 嫁』と、検索すると元嫁・割鞘朱璃(わりさや じゅり)さんが出てきます。

なぜなら壮絶過ぎると話題なんだとか。

山本太郎の離婚理由

山本太郎さんと結婚したのは、2012年5月。
奥さんの当時の年齢は19歳で、二人は18歳違いの年の差婚でした。

当時、割鞘朱瑠さんはプロサーファーとして活躍していました。
サーフィンを本格的に始めてわずか1年という短期間で、日本サーフィン連盟公認女子ロングボードプロの第1号になったと言われています。

※珍しい名前ですが、千葉県柏市出身の純日本人

山本太郎さんは、サーフィンが趣味で割鞘朱璃さんとはサーフィンを通じて知り合ったそうです。

結婚する二年前ほどに出会い、それまでは普通のお友達だったのですが、再会してなんと1ヶ月ほどで結婚したそうです。

しかし、3ヶ月後には離婚。
離婚理由は、結婚生活がスタートしても仕事で忙しく、山本太郎さんが月に1〜3回ほどしか自宅に帰れなかったことが原因と言われています。

朱璃さんは、母親の再婚相手・義理の父から虐待を受けており、結婚後も続くも週刊誌に告発したことで一段落。
山本さんと結婚して良かったのではと思いきや、山本さんのマザコン説もあり、姑問題もあったのではないかとも言われています。

なぜなら、結婚生活を送っていた際、山本さんの母親が輸入購入していたペルシャ絨毯を、朱璃さんが汚してしまい60万円も弁償代を請求されたこともあったようなので、うまくはいってなかったのではないかということです。

ただ、マザコン説には疑問が・・・
山本さんが1歳の時に父親が亡くなり、母子家庭で育っており、母親に『日常的にも自分より弱い立場の人には、手を差し伸べろ』と、教えられてきたんだとか。

しかも母親は、フィリピンの貧しい子供たちを支援するボランティア団体のメンバーで、子供の時から何度もフィリピンに行って、仕事を手伝わされていたというほど、パワフルな母親のようです。

受け取り方によっては『マザコン』というのかもしれませんが、人としてリスペクト出来るのでしょう。

そして、二人の離婚が、世間に明らかになったのは離婚から1年後の2013年8月のこと。
山本さんが参議院議員に当選した時期には既に離婚していたことになります。

離婚の事実を1年間もの間明かさなかった理由については、朱璃さんの義理の父問題から守るためと説明していました。

元嫁の現在

そして、離婚後は水商売などもしていたようですが、離婚して7年が経った頃、セクシー女優として『芹菜々子』を名乗っているようです。

山本太郎は現在は事実婚

山本太郎さんは、離婚してすぐに現在の奥さんと交際をスタートさせています。しかし、二人は事実婚で入籍はしていませんが、2013年7月21日に息子さんが誕生します。山本さんは認知こそしましたが、奥さんとは事実婚を継続させています。

入籍しない理由

山本太郎さんいわく『お互いにバツイチ同士で、結婚制度に疑問を感じている。形にはこだわりたくない』という理由で、入籍はしていないそうです。

内縁の妻さんと子供は関西で二人で暮らしており、山本さんは生活費を送金している関係なんだとか。

山本さんはお忙しい方ですから、それでお互いの関係が成り立っているなら部外者が口を出すことではない話。

山本太郎のwiki 情報

生年月日:1974年11月24日(48歳)
出生地:兵庫県宝塚市
身長:175 cm
血液型:A型
出身校:箕面自由学園高等学校中退
前職:俳優・タレント(活動期間:1991年 〜2011年)
政治活動:2011年〜
所属政党:れいわ新選組(2019年4月1日〜現職)

1990年:高校1年生の時に『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』の『高校生制服対抗ダンス甲子園』に、3人組『アジャコング&戸塚ヨットスクールズ』のリーダーとして出場して注目を集めた後、芸能界入り。

1991年:映画『代打教師 秋葉、真剣です!』の準主役で役者デビュー。
その後、50本以上の映画やドラマで俳優として出演したほか、バラエティ番組での司会やナレーションなど多方面で活躍していました。

2011年4月:反原発運動を開始。
所属芸能事務所を退社し、フリーランスとなり芸能活動をしていました。

2012年4月:太陽光発電設備の販売や施工を手掛ける『ソーラーリフォーム社』(横浜市)に正社員として就職。

2012年12月1日:第46回衆議院議員総選挙への出馬と政治団体『新党 今はひとり』の立ち上げを表明し、同年12月5日に総務省へ届け出ました。

最終的には、東京8区から無所属(日本未来の党・社会民主党支持)で立候補し、主に反原発・反TPP等を訴えましたが、落選。

2013年7月21日:第23回参議院議員通常選挙では東京都選挙区(改選数5)から無所属で立候補し、4位で初当選しました。

2014年12月14日:第47回衆議院議員総選挙では、東京8区から立候補した民主党の円より子への支援を表明したが落選。
選挙後、山本氏は政党要件を失っていた生活の党に入党し、政党要件を回復させるとともに、党名を『生活の党と山本太郎となかまたち』に改めさせます。

山本氏は『無所属の会』を提案したものの、小沢一郎氏が『生活』の名を残すことは譲れなかったために、この名前になったそうです。

2015年1月:内閣委員会・行政監視委員会・東日本大震災復興及び原子力問題特別委員会・国の統治機構に関する調査会に所属。

2019年4月10日:夏の参議院議員選挙に向けて同月下旬に自由党を離党し、新たに政治団体『れいわ新選組』を設立。

2019年:7月に行われた第25回参議院議員通常選挙に比例区より立候補、比例区の全候補者で最多となる個人名票を得るも落選。
しかし、山本氏以外の候補者2人が『特定枠』で優先して当選したことや『れいわ新選組』の得票率が4.6%であったことから『れいわ新選組』の党代表となりました。

2020年7月5日:東京都知事選に立候補するも、立候補22名中・得票数3位で落選。

2021年10月31日:衆議院議員選挙で、れいわ新選組が比例東京ブロックで1議席を獲得したため、衆議院議員に初当選。

2022年4月15日:山本氏は、議員辞職の意向を表明し、議員辞職願を細田博之衆議院議長宛へ提出し、参院選へ立候補することを表明しました。

2022年7月10日:得票数6位ですべりこみで通算2期目の当選を果たしました。

2022年12月18日:れいわ新選組の結党後初となる代表選挙が行われ、山本が当選。

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